常時録音AIが高齢者在宅介護の標準に
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米シアトル在住の86歳の父を、約1年にわたり常時録音のAIマイク「Sensi.ai」が見守ってきました。5000マイル離れたオーストリアに住む筆者は、父の咳やトイレの音、私的な会話までもが記録される様子を、後日になって文字起こしで知ることになります。在宅での自立を望む高齢者の安全を支えるという触れ込みでしたが、本人は録音されている事実をほとんど認識していませんでした。
Sensi.aiは転倒や咳、悲鳴などの特定の音をきっかけに録音を始め、利用者本人には録音を告げません。アマゾンのアレクサのように呼びかけを待つのではなく、異変を自動で検知して介護者へ通知する点が特徴です。同社は90%の精度をうたい、判断の難しいケースは人間が確認すると説明しますが、落としたリモコンを転倒と誤認した例も報告されています。
こうしたデバイスが急速に広がる背景には、介護の構造的な危機があります。施設の個室費用は年間10万8000ドルを超え、高齢世帯の中央値所得の約2倍に達するため、多くの高齢者が在宅にとどまろうとします。一方で介護人材は不足し、2031年までに900万件超の人手が必要との推計もあり、Sensi.aiは北米大手介護網の8割に採用され、1億ドルを調達しました。
しかし、その表向きの訴求と投資家向け資料の内容にはずれがあります。真の顧客は家族ではなく介護事業者であり、同社は導入によって事業者が収益と顧客維持を高められると示しています。ある事業者の証言では、導入後に顧客が88%増え、請求対象時間が85%伸びたとされ、高齢者の安全が事業者の収益拡大の手段になっていないかという疑問も残ります。
倫理面の懸念も小さくありません。ワシントン大学の研究者は、Sensi.aiのような機器が監視を介護の条件のように見せてしまうと指摘し、施設入所か機器導入かという望ましくない二択を迫る構造を問題視します。また、認知機能の低下を追跡できるという主張についても、神経科医は臨床的な裏付けが乏しいと懐疑的で、同社は米食品医薬品局の承認をまだ得ていません。
プライバシーへの不安はあるものの、高齢者向けAI機器の普及はもはや止まらない流れです。AARPによれば介護者の25%がすでにアプリや装着機器で遠隔見守りを行い、2020年から倍近くに増えました。Sensi.aiは孤独感まで感知し、子には弱音を吐かない高齢者の寂しさを検知した事例もあり、見守り技術が支える領域は安全にとどまらず広がりつつあります。