培養した脳細胞が計算基盤に、AI代替狙う商用機が登場

生体コンピューター

CL-1で神経100万個を6カ月維持
培養神経がPongとDoomを学習
遅延1ミリ秒未満の神経クラウド

当面の主戦場は創薬

神経系新薬の臨床失敗率95%
6ウェル板で4000個を同時培養
NIHが8700万ドルを拠点整備に

残る限界と倫理

血管がなく直径5ミリが上限
意識の定義なく規制は未整備
詳細を読む

ヒトの皮膚細胞から作る「脳オルガノイド」が、シリコン半導体に代わる計算の担い手として動き出しています。ジョンズ・ホプキンス大やカリフォルニア大サンディエゴ校では培養した神経細胞を電気刺激で学習させる研究が進み、オーストラリアの新興企業コーティカル・ラボは生きた神経細胞を積んだ計算機の商用販売を始めました。狙いは、自己修復性と省電力という生物固有の性質を計算に持ち込むことです。

同社の「CL-1」は細長いトースターほどの筐体に生命維持装置を備え、最大100万個の神経細胞を6カ月間生かします。2022年には神経培養にAtariのPongを学習させ、現在はDoomまで到達しました。遅延1ミリ秒未満のクラウド経由で、外部の研究者も59個の電極から神経細胞に信号を送れます。

同社のブレット・ケーガン最高執行責任者は「AIに求めるものは、実は生物学だ」と語ります。自己修復、適応性、長寿命、省電力はいずれも生体組織が最初から備える性質であり、画像認識や分類など現在AIが担う処理の一部を将来置き換えられると同社は見ています。ただし現時点の顧客は、煩雑な培養作業を自前で抱えたくない研究者が中心です。

収益源として現実味があるのは創薬です。神経精神系の新薬は臨床試験での失敗率が95%近くに達し、動物実験の予測精度の低さが壁になってきました。ジョンズ・ホプキンス大のトーマス・ハートゥング氏は、6ウェルプレート1枚で最大4000個の脳オルガノイドを作れると述べ、5〜6頭の霊長類に頼る従来手法との差を強調します。

政策も追い風です。米国立衛生研究所(NIH)は2025年7月、動物実験だけに依存する研究への助成をやめ、同年9月にはオルガノイド標準化拠点へ8700万ドルを投じると発表しました。一方で血管系を持たないオルガノイドは直径5ミリ前後で内部が壊死するため、人工血管や灌流装置の開発が次の関門になっています。

意識をめぐる議論は、当の研究者の間では「気を散らす問い」と受け止められています。定量的な定義がない以上は規制の線引きも定まらず、人でも動物でもない脳オルガノイドは現状、保護の枠外に置かれています。シリコンが上から脳を模す道と、生体が下から知能を育てる道のどちらが先に実用の壁を越えるのか、投資と規制の両面で見極めが必要です。